仲良きことにこがれる理由

後編

Vol.6:おじさんとおばさん/土壌

兄弟には父と母の遺伝子がいろんな形で組み合わさっていておもしろいですが、親戚をたどるとその複雑さは倍増します。

おじさんとおばさんには、それぞれ両親より年上か年下かによって「伯父さん/伯母さん」「叔父さん/叔母さん」の文字が当てられます。さらに、それが父方なのか、母方なのか、血縁関係があるのかないのかを考えていくと、クラクラするような組み合わせが展開します。

 

ぼくの場合、母は4人姉妹の長女だったので、血のつながった3人の叔母さんがいました。二世代ぶりに生まれた長男だったこともあり、叔母さんたちはぼくをとても可愛がってくれました。人を大切にする喜びを、母だけでなく、叔母さんたちからも伝えてもらったわけです。それぞれの叔母さんに、とても感謝をしています。

ちなみに、いとこは8人いますが、そのうち7人までが女性。圧倒的な女系家族が二世代にわたってつくられました。ぼくに多少なりとも女性的な感覚があるとすれば、そうした環境の影響だと思います。

 

一方、父方は伯父さんと伯母さんばかりでした。

長男は戦死していたので、全員で7人。4人の伯父さんと2人の伯母さんがいました。兄弟姉妹にはそれぞれの伴侶と2人か3人の子供がいましたから、全員が集まった時などはかなりのイベントでした。夏の夜、縁側にまで布団をひいて寝た記憶があります。

父の思い出に関連して少しふれましたが、父の兄弟はとても仲が良く、ある種同窓会的な雰囲気を持っていました。

世の中には、相続などをめぐって憎しみあう兄弟もいるようですが、父方にも母方にもそうした諍いがなかったのは幸いでした。幸せという感覚が心の平安を土台とするならば、奪いあうものがあることはないことよりも不幸な気がします。

 

今ではそれほどの大家族は珍しくなりましたが、いずれにせよ、人が育つ土壌は両親との関係だけでなく、兄弟姉妹までをふくめた家族です。そこでつくられた文化や価値観を持って社会に出て行き、また伴侶を得ます。

その時に、あまりにも大きな違いがあると、溝をうめるのにとても苦労をします。

どちらが良い悪いということではなく、また溝の埋め方を多くの人が知らない・気づかないことによって、いろいろと切ない状況が生まれますよね。

 

ところで、年齢を重ね、ぼく自身も伯父さんになりました。

小さい時には妹たちと遊ぶことはほとんどありませんでしたが、お酒が飲めるようになってからは、あれこれ話すようにもなっています。

甥っこや姪っこたちの目にどんな風に映っているかはわかりませんが、気持ちのいい記憶になってほしいと願います。

Vol.7:いとこ/遠くて近しい者

いとこというのは不思議な関係性の存在だと思います。近所に住んでいない限り、なかなか会う機会はありません。帰省時の数日ないし数時間が細切れで重なっていく関係です。ちょっと縁遠いいとこだと、一生のうちで、のべ数日分しか会わない感じかもしれません。

しかし、同じ血をひき、同じ家族文化の流れをくむからでしょう。見た目に似たところもたくさんあり、何を大切にしているかも近かったりします。

 

父親の兄弟姉妹は大変仲が良かったと書きました。それはその子供たち、つまりいとこにまで伝わる家風でした。

父の実家は山奥なので、特に遊ぶ施設などはありませんでしたが、川で魚釣りをしたり水晶を探しにいったり、自然の中で楽しく遊んだものです。そして、みんなでやったトランプは本当にいい思い出でした。親たちが遊んでいた囲碁は実力の競技であり、運でたままた勝てるなんてことはありません。が、トランプは幼い者が年長者にも勝てるゲームです。それは年齢差のあるいとこ同士を楽しく結びつけてくれました。

ぼくがカードゲームによってつくられる場に圧倒的な信頼をよせているのは、その記憶があまりにも素敵だったからだと言えます。

 

一方、母方のいとことも、カードゲームにからんで嬉しいことがありました。

実は母の一番下の妹、つまりぼくにとって一番年齢が近かった叔母さんは、20年ほど前にガンで亡くなっています。その後、旦那さんが再婚されたこともあってその一家とは親戚づきあいがなくなっていたのですが、先日開いたゲーム会になんとその家の長女が来てくれたのです。妹が連絡を取ってくれたからで、実に20年ぶりのいとことの再会でした。

そして、過ぎ去った時間がまるで嘘のように、一緒にカードゲームをして大笑いしました。

 

冠婚葬祭のようにあらたまった行事は、かしこまった親戚づきあいにならざるをえません。それは大人が律する建前の世界とも言えます。

しかし、ゲーム会にはフランクな和やかさがあり、テーブルゲームは文字通り「同じテーブルに着く」親和性を生み出してくれます。

もっと言えば、「仲良くなりたい」という思い同士をテーブルゲームはつなげてくれるのです。考え方によっては、すべての人は遠くて近しい者、つまりいとこの延長線上にある存在なのかもしれません。

Vol.8:先妻/気づきへの感謝

結論から先に記しておくと、最初の結婚生活は20年目で破綻し、今は新しい伴侶を得ています。

離婚の原因はいろいろとありますが、それらはあくまでぼくの視点から見た一面的なものであり、当然相手には相手の思いや考えがあります。

実際にお会いしてであれば全てをお話しできますが、一方的な見解をオンラインにさらすことはまた違った意味や展開を生み出すため、慎重な態度を取らせてください。

とはいえ、自己開示という点ではこの関係についてが一番深く、またご自身の糧にしてもらえる事象ではないかと思います。

 

父と母、さらに言えば祖父と祖母との言い争いをあれほどに嫌っていたのに、結局は同じような状況をつくってしまったこと。さらには、それでもなんとか関係を維持した両親たちに対し、家族の形を保ち得なかったことには、もちろん相応の痛みがあります。

ただ、潜在意識は否定形では働かないので、起こってほしくないことを想起し続ければ、残念ながら悪いイメージが具現化します。善悪の問題というよりも、思考の持ち方を大きく間違ってしまった気がするのです。

 

その反省をさらに一歩すすめて言えば、ぼくは「違い」にフォーカスし過ぎていたのかもしれません。

夫婦とは、もともと違った環境で育った男女がそれぞれの嗜好や価値観をぶつけあいながら、ぐっとこらえて一緒にいるものだ、という捉え方をしていたからです。実際、父の横柄な態度にたえる母を、母方の祖父の理不尽な物言いに我慢する父を、それぞれに偉いと感じていました。つまり、我慢することを関係性の要諦と捉えていたわけです。

 

しかし、その見方は現実的ではあっても、ある種のあきらめをはらんでいます。「結婚生活って楽しいものじゃないんだ」という。そして、あきらめた先にあるのは残念ながら「我慢できた」という寂しい満足感だけです。

そこまで理詰めで考えた結果ではありませんが、結婚生活が破綻してどうしようもなくなった時、素直に「幸せになりたいなぁ」と思ったこと。つまり、理想の側に顔を向けたことが、ぼくの人生を大きく変えるきっかけだったように思うのです。

 

結婚は人生の墓場だと言われます。あるいは、「結婚は判断力の欠如、離婚は忍耐力の欠如、再婚は記憶力の欠如」といった言葉もあります。

ただ、そんなわかった風な捉え方をしても、いいことないんですよね。

それよりも、きちんと前を向いて「幸せな結婚生活」を望んだ方がいい。笑われても、馬鹿にされても、楽しい理想を口にした方がいい。

 

少し話がそれますが、ぼくが臥龍老師の感動経営にひかれている理由も実は全く同じベクトルなんです。

「給料は我慢料」なんて斜に構えた捉え方をするのではなく、気持ち良く働き、楽しい職場をつくり出したい。強い思いをもって理想の旗をかかげれば、その思考は現実化します。そして、臥龍老師は何十年にもわたって、そうした暖かい職場をつくられてきた方なのです。

つまり、家庭であっても職場であっても、人間関係をあきらめず、仲良きこと(とは、お互いに信頼しあっている状態)を素直に目指すのがいいんだなぁ、と。

 

そうした理念の大切さに気づかせてくれた先妻に、今はとても感謝をしています。

Vol.9:息子たち/過去から未来へ

先妻との間には二人の男の子が生まれ、ともに元気に育ってくれました。年齢は3つ違いです。

男女どちらかを望むことはありませんでしたが、ぼく自身が機会を失ってしまった兄弟の睦まじさを、二人は見せてくれました。

実際、ちょっとおかしなくらいに仲のいい兄弟で、ぼくはそれを見るのが本当に好きでした。その光景は人生の不思議な巡りあわせであり、亡くなった弟を思い続けたご褒美のように感じられたものです。

 

テレビゲームもやりましたが、ぼくがカードゲームを好きだったこともあり、ポケモンカードや遊戯王カードを親子3人でたくさんプレイしました。

何かにつけ長男が強かったと記憶しています。かと言っていばるわけではなく、コツや勝ち方を弟に教えてあげる心優しい兄であり、そんな時弟の目には尊敬の念が宿っていました。

 

よく出かけたのは温水プールです。特に冬。

夏のプールは当然混んでいますが、冬になるとみんなの頭から「泳ぐ」という選択肢がなくなるからでしょう。冬場の温水プールには人が少なく、貸し切りに近いこともありました。

とはいえ、熱心に泳ぐわけではなく、流れるプールやすべり台で遊ぶのが主でした。温水プールも言わばインドアですから、アクティブな親子ではなかったですね。

 

ぼくが特に好きだったのは、居間で勉強していた弟が、母親がお風呂に入るとこっそり兄の部屋にいくことでした。長男の部屋はぼくのとなりだったので、壁越しにひそひそ話や笑い声が聞こえました。

そして、お風呂の戸を開ける音がすると、弟はピュ〜っと居間に戻っていくのです。

それが可愛らしくて、可愛らしくて……。

 

ただ、家族全体の関係が崩れていく中で、兄弟の間もギクシャクしてしまいました。残念ですが、その時点では繕いようがありませんでした。

離婚と同時に、大学生になった長男は一人暮らしをはじめ、次男は先妻と暮らすことを選びました。

かつての家族が全員で集うことはないはずですが、いずれ再び兄弟の仲が気持ちのいいものになってくれると嬉しいです。

自分が因である以上、それは都合のいい望みとも言えますが、素直に念じていればいつか叶うと信じています。

Vol.10:奥さん/2つの奇跡

一時は男3人のむさくるしい暮らしになる話もあったのですが、いざフタを開けてみると、長男は一人暮らしを希望し、次男は先妻との生活を選んだため、結局ぼくは一人になってしまいました。

20年ぶりの一人暮らしはやっぱりちょっと寂しいものでしたが、自分で選んだ行動の結果です。「家族のまとまりが壊れてしまう、離婚だけはすまい」と思っていたのに、一旦そちらに向かって歩き出すと、意外にあっけないものでした。

 

その後、良縁あって新しい奥さんと暮らし始めることができました。つないでくれたのはカードゲームです。

ぼくは時折カードゲームの会を開催し、興味がありそうな人にお声がけをしています。古くは小学校の友人から新しくはセミナーなどで知りあった方まで、いろんな人が来てくれます。

そんな中、以前の職場の部下がゲーム会をとても気にいり、誘ってきてくれた高校時代の友人が奥さんです。

知り合った時には今のような関係になるとは思っていませんでしたし、離婚と彼女は関係ありません。離婚は離婚であり、再婚は再婚で別の事がらです。

 

いずれにせよ、奥さんとは大切にしたいことや生活のあり方が似ているため、日常がとても清々しいのです。

たとえばうちにはテレビがありません。代わりに、夕飯の後などには2人でテーブルゲームをしたりします。2人用のものは少ないので、主にプレイするのは『カルカソンヌ(という名前のゲーム)』ですね。

また、長男がたまにご飯を食べに帰ってくれるので、そんな時には3人でもゲームをします。いずれは彼の恋人さんもいれて、4人で遊べる日がくるでしょう。新しい家族の形が少しづつできつつあります。

 

ところで、奥さんとの間にはでき過ぎた話が2つほどあります。それらはちょっとした奇跡です。

このエッセイのタイトルである『家族の肖像』は英語で『Conversation Pieces』と言います。17〜18世紀にイギリスで描かれた家族の集合画を特にそう呼ぶのですが、ぼくは東京造形大学の研究生としてそのジャンルについて論文を書き、その後チェスの駒を使って『家族の肖像』という作品シリーズをつくりました。

そうした活動の中で特に注目していたのはナイトの駒です。ナイトは馬の首を持って表されます。他の駒が十字架や王冠など静物をモチーフにしているのに対し、唯一生き物の『目』を持った駒なのです。それは視覚文化の特殊性を表すシンボルに思えました。

また、白マスの次には黒マス、黒マスの次には白マスという常に居場所を反転させる不思議な動きをします。ナイトはチェスという規則性の高いゲームの中でもっとも魅力的であり、ぼくにとって特別な存在だったのです。

そして、奥さんの旧姓は「内藤」、高校時代のあだ名は「ナイトゥ」と言いました。それにならって、うちでは奥さんのことをナイトゥと呼んでいます。

ダジャレのようではありますが、何故そんなことが合致するのか、不思議な気がしたものです。

 

もう一つのでき過ぎた話は、カードゲームに関係しています。

『UNGERADE(ドイツ語で「奇数」)』という1作目のゲームをつくった後、ぼくは偶然を利用してカップルをつくるゲームを考えていました。ゲーム名がドイツ語なのは、ドイツのゲームにたくさん学ばせてもらったからです。言わば、オマージュ的な意味合いですね。

さて、ゲームをつくる際には必ずテストプレイをします。くだんのゲームでもテストプレイをしましたが、たまたまそこにナイトゥがいて、「手持ちのカードが3枚だとなかなか上がれないので、4枚にしてみたら?」というサジェストをくれたのです。ぼくはそのアイデアを取り入れて、ゲームを完成させました。

ゲームの名前は『PAAR(ドイツ語で「恋人たち」)』。つまり、カップルをつくるというゲームのルールを未来の夫婦が一緒に考えたことになります。

 

ぼくは「100歳まで生きる」と広言するようになっていますが、それは奥さんと一緒に過ごした時間を人生の半分まで持っていきたいからです。

その間には、まだまだたくさんの嬉しい奇跡が起きてくれることでしょう。

【 完 】

 
 
 
 
 

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