あしたのジョー礼賛



「あきらめない」という感覚は

いつ、どこでつくられるのでしょう?

最初から強くあるものなのか?

どこかの段階でつくられるものなのか?

 

ぼくは後者だと思っています。

最初から心の奥底にあるというよりも

困難を乗り越える段階で徐々に形成されていく。

つまり、鍛えられる感じですね。

 

というのも、

信念と「あきらめない」感覚は違うからです。

いくら強い信念があっても、

次から次へと困難が押し寄せれば

どうしたって人はなえてしまいます。

そこで、あきらめるか、あきらめないかが

問われてくるわけです。

 

しかし、逆に始めた時には

さして強い思いがなかったとしても

いろんな困難に直面する中で

「どうしてもこれだけは」という気持ちが

育っていく。

それが、あきらめない心のメカニズムでは

ないでしょうか。

 

転んでも、転んでも、立ち上がる。

本末転倒な表現になりますが、

七回転ばなければ、八回起きあがることは

できません。

そして、もはや立てまいと見えて

なお立ち上がる姿は人を勇気づけます。

ふと「あしたのジョー」が思い浮かびました。

 

ぼくもそうした人でありたいです。

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