なぜ、今『幸せ』なのか? 『喧嘩をしない』という覚悟

この投稿は、2020年4月26日 アメブロに書いた記事を再編集したものです。

このところ、わが家のキャッチフレーズは

『毎日が修学旅行』になっています。

もともと違う環境で育った二人が

一緒に暮らしているのですから

そこには『わからない不思議さ』のワクワク感が

ずっとあるんですね。






わたしは今、

もっとも多くの時間を妻と過ごし

『人生の中で最も大きい』と言っても

過言ではない幸せを感じています。

 

そこには、

とても平和な空気が流れているからです。

 

お互いを思いやり、優しい言葉をかけあい、

くだらない冗談を言って笑いあっています。

 

テレビは見ません。

というか、

そもそもうちにはテレビがありません。

あらためて、

新型コロナウイルスによって

亡くなられた方々に哀悼の意を表します。

また、医療や物流の最前線で

奮闘されている人たちへの感謝と尊敬の念は

絶えません。

一方で、だからと言って

それらが持つことの深刻さを

自分たちが感じている幸せから

差し引くべきではないとも考えています。

『関係ない』と言っているわけでは

もちろんありません。

むしろ、まったく逆で

いつ、自分たちも病いにおかされるか

わからないと認識しています。

感染し、最悪の事態になった時

『あの時、

 もっと仲良くしておけば善かった』

と思わぬよう

喧嘩をしないことにしたのです。

ささいなことで腹を立て、

口を聞かないままの延長に

二度と会えなくなったりしたら

悔やんでも悔やみきれません。

『おやつに取っておいた

 チョコレートを食べられからと言って

 喧嘩をして、そのままになったら

 ずっとチョコを供えられるちゃうね』

と言って、笑いました。

穏やかで笑顔の絶えない夫婦関係こそ

わたしの長年の憧れでした。

それは

『いつなくなってもおかしくはない』

という危うさや儚さと

背中合わせなのかもしれません。

一分一秒を大切に生きることは

緊張感の高い状態にだけ宿るのではなく、

ひとえに『覚悟』と関係しています。

どういう形であっても

今を悔いがないように生きる

その心持ちが幸福に通じる道ですね。

未来は自分でつくれます!