わたしたちが『学べない』理由

この投稿は、2020年5月28日

アメブロに書いた記事を再編集したものです。


オンラインの活動を本格的に始めるタイミングで

書いた記事。

今も、冒険は続いています 😊





『学びは、真似び』という言葉を

お聞きになったことがあるでしょうか?

何かを習得する際には

達人の考え方や動き方を真似するのが

効果的だという教えです。

ビジネスであれば

着眼点や発想を習慣化させます。

武術やスポーツであれば型やフォームを

トレースしていくわけですね。

というか、そもそも

『守破離』という言葉もあるように

すべての学びは

先人の定めた決まりごとを

『守る』ところから始めるものでした。

しかし、わたしたちは

ついつい地道な積み重ねを嫌い、

我流に走りがちです。

守らないんですよね。

『真似ない=学ばない』とも言えます。

それには、

あなたやわたしのわがままだけでなく(笑)

社会的な理由も関係しています。

近代主義は先行する文化を否定し、

新しいものごとに価値を置く文化です。

つまり、時代性そのものが

『破』を重視しているんですね。

中世以前の世界は

くり返しを善しとしていました。

そこでは、

むしろ変わらないことが重視されたので

『守る』ことが自然だったんですね。

そのまま『破』『離』にいかずに

終わる場合すらあったでしょう。

しかし、人間は科学の力によって

自分の運命を切り開く道を選択しました。

それがルネサンス以降の『近代社会』です。

そうした近代の中で、

本来的に有効な『真似び』をするには

主体性が必要になります。

自分の意思で先生を決める

必要があるからです。

とても逆説的ですが、

先生のやることをそのまま真似る方が

今では『主体的』なんですね。

そうしようと思わなければ、

できませんから。

わたしは今、

オンライン・ビジネスに関して

学びを深めています。

それは『この人!』と思う先生を

決めたという意味です。

そして、自分が学んだことは

仲間や同志とシェアしていきます。

いつの時代にあっても

同じ道を歩む仲間は大切です。

その部分は人間社会の変わらぬ美しさですね。

未来は自分でつくれます!