先生の未来は明るい

この投稿は、2019年10月1日

アメブロに書いた記事を再編集したものです。

ウイズコロナで遠隔学習が始まり、

先生に求められることは

いきなり変わりました。

そうした事態を予見していたわけではありませんが、

未来への希望を込めて書いた文章です。





『率先垂範』

『垂れる』という言いまわしが

ちょっと気になっています。

中国地方(特に広島と岡山)では

『文句を言うな』という意味で

『文句を垂れるな』

あるいは『かばち垂れるな』と言います。

 

『垂れる』自体は水がしたたる様を示す表現。

そこから転じて

言葉を発する意味で使われるのでしょう。

そして、どちらかと言えば

ネガティブなニュアンスを持っているんです。

  

なので、『範を垂れる』

善いことの見本を示すという意味なのに

どこかしら偉そうな感じを受けるんですね。

もったいない……。

しかし、それはそれとして

『見本を示す』というのは

善い教育法だと感じています。

 

いや、

むしろこれからは人間の先生がやれることは

それしかないのかもしれません。

 

というのも、学習法の工夫やAIによって

今後は各自に最適化された学習が加速します。

となれば、

生身の先生ができるのは

まさに『生きる見本』となること

だからです。

 

 

『だから先生は

 ちゃんとしましょう』

ってのは、権威主義的な論理展開ですね。

その締めつけはむしろ逆効果です。

 

子供たちが

『あんな風になりたい』

と思える見本になってもらいたいのならば、

先生に生き生きしてもらうことが大切。

 

もちろん、ちゃんとしたい人には

ちゃんとしてもらえばいいわけですが、

『おもしろい』

『楽しい』

『もっと知りたい』

にワクワクしている人であってほしい。

 

それが

これからの先生の役割になっていくはずであり、

その環境づくりをみんなで

(それこそ楽しみながら)取り組みたいですね。

未来は自分でつくれます!