善き人でありましょう【特にサイバー空間では】何故なら……

この投稿は、2020年4月17日に書いた記事を

再編集したものです。

コロナによる影響で、メンタルを落とす人が増えた時期に

応援的な気持ちをこめて書きました。



エミール=オーギュスト・シャルティエ氏に

「悲観主義は気分によるものであり、

 楽観主義は意志によるものである」

という言葉があります。

今ほど、その重みがズッシリと感じられる時期も

ないかもしれません。

多くの人が「悲観的」になっているはずですが、

それは気分によるものであり、

意志の力をもってすれば、

『楽観的』な態度を取ることも可能だからです。

過酷な状況において笑っていられるのは

英雄かお馬鹿さんのどちらかですね(笑)

『大賢は大愚に似たり』

という言葉もあります。

いずれにしても、ウイルスや細菌と戦う

ナチュラルキラー細胞(通称:NK細胞)は

笑うことによって活性化されるので

今だからこそ意識的に笑いたいわけです。

ところで、話は飛躍しますが、

サイバー空間はリアルな空間と

同じところもあれば、違うところもあります。

同じところは、まさにアランが言うように

「悲観主義は気分によるものであり、

 楽観主義は意志によるものである」

という点。

不安な気持ちをそのまま発信すれば

悲観的になりがちですが、

自分の言葉が相手におよぼす影響を考えれば、

敢えて楽観的になれるものです。

一方、違う点は、

遣った言葉がずっと残り続けるということ、

それは書き言葉=テキストであっても

話し言葉=動画であっても。

自分で削除をしなければ、

インターネットという文明が続く限り、

それらの言葉は残り続けます。

悲観的な言葉は悲観的なまま

楽観的な言葉は楽観的なまま。

と書くと、責任の重さを感じる方も

いらっしゃるかも知れませんね。

『だからこそ、意識的に発信しましょう』

ということです。

サイバー空間で悪態をつけば、

それはそのまま残り続けます。

呪いのように……

サイバー空間に善き言葉を残せば、

それもそもまま残り続けます。

祝福として……

わたしは、そのことを意識し始めてから

『よい』という言葉に対して

学校的な評価のニュアンスがある

『良い』ではなく

徳を積んでいくイメージのある

『善い』を当てるようになりました。

サイバー空間で善くあることは、

リアルな空間で善くあることと同じくらい

あるいは、それ以上に大切です。

あなたは、そこに

どんな言葉を残すでしょう?

未来は自分でつくれます!