寂しくても、居心地のいい場所

この投稿は、2020年1月20日

アメブロに書いた記事を再編集したものです。


この頃から、

父親に対する見方が変わってきましたね。

それは、母親がつくり出した

ある種の「偶像」から抜け出たとも言えます。


もっと言えば、

明治・大正・昭和を通してつくられた

日本の「家族神話」からの脱却でした。






経営の勉強会である倫理法人会の

『万人幸福の栞』には

『子は親の心を実演する名優である』

とありますが、

自分の父親と母親のことを考えていて

その原理=そうなる理由に思い至りました。

わたしの父は、とても怒りっぽい人です。

実際に怒ることも少なくありませんし、

そうでなくても

常にイライラしています。

たとえば、

何か話しかけても、声が小さいと

『なんじゃぁ〜(広島弁)』

と詰問調子で聞き返されます。

ヤクザではありませんが、

ヤクザのようです(笑)

デフォルトで

人を萎縮させる感じがあるんですね。

当然、

ある程度の距離を置きたくなります。

小さい頃から

『そんな言い方をしなくてもなぁ……』

と、ずっと思っていました。

そんな父のことを、妹は

『寂しがり屋』だと言います。

確かに、どこかに行く時でも

よく『一緒に行くか?』と言われました。

それにしたって

自分が心細いわけですから

『ついてきてくれるか』と言えばいいのに

と思ったものです。

『寂しがり屋』なのは

自分で寂しい状態を

つくり出しているからなんですよね。

しかし、もう一歩考えを進めると

それが父の

『コンフォートゾーン』なのかも知れない

と思うようになりました。

コンフォートゾーンというのは

『居心地のいい場所』という意味です。

ややこしいのは、

『居心地がいい場所=気持ちがいい場所』

ではないってことです。

むしろ

『居心地がいい場所=慣れ親しんだ場所』

という言い方が的確ですね。

たとえ、心的負担の大きい場所でも

それが『当たり前の状況』だと

人はそこからなかなか離れられません。

どう見たって過酷なはずなのに、

被害者が、DV状況やブラック企業に

とどまってしまう原理です。

父の寂しさもそれに近いなぁ、と。

『寂しさというコンフォートゾーン』です。

そして、それは

戦後日本の父親たちが無意識に選んだ

場所だったのかも知れません。

自己啓発の学習では、よく

『コンフォートゾーンを抜け出しましょう』

と言われます。

今いる場所に安住していてはいけない、

高みを目指しましょう、と。

しかし、

コンフォートゾーンが気持ちいいんだったら

それはそれでいいんじゃないでしょうか?

問題は、どう見たってまずい状況なのに

そこを『居心地がいい』と感じている場合です。

黒澤明監督が、フランシス・コッポラ監督の

『地獄の黙示録』に寄せた一文

『戦場は地獄だから恐ろしいのではない

 時に地獄が天国に見えるから怖いのだ』

が、思い浮かびます。

人は、当たり前の状況にとどまろうとします。

寂しかった幼少期、

『一人で生きていくぞ』と決めた思春期。

善くも悪くも、

そこにとどまろうとするわけです。

パワハラやセクハラをすれば、

当然嫌われて、まわりから人はいなくなります。

そんな簡単なことが何故わからないのか?

そこには、『戦後』という焼け野原が

『原風景=コンフォートゾーン』

としてあるのかも知れません。

いろいろな思いが交錯しますが、

何はともあれ、

その大変な状況を生き延びてくれたことに

まずは、感謝をしています。

そして、だからこそ

そこを抜け出ることも大切です。

未来は自分でつくれます!