幸せな道を通って、幸せな場所に行く

この投稿は、2020年3月17日

アメブロに書いた記事を再編集したものです。

言いたいことを、けっこうかみ砕けるように

なってきています。

自分で自分の成長を喜ぶのも変な話ですが、

思考の歯がはえてきた時期ですね 😊






平成時代には、

まだ1つ前の年号だったからでしょう。

『昭和』は遠くなっても、

彼方ではありませんでした。

しかし、令和から見ると、

歴史の向こう側なんですよね。

ちょうど、わたしたち昭和世代が

『明治』に対して持っていた感覚です。

ただし、

年号は変わっても、意識はつながっています。

令和になっても、いまだに昭和的な意識は

あちこちに散見されるんですよね。

特に、あまり好ましくない思い込みを

わたしは『昭和の亡霊』

呼ぶことにしています。

その記事に対して

『修行のような努力や苦労をしなければ、

 幸せになってはダメだし、幸せになれない』

と思っていた

というコメントをくださった方がいます。


本当にそうだと思います。

少し丁寧に解説をすると、

何をするにも、努力は必要です。

その原理原則が

変わったわけではありません。

ただ、平成を通して

つまり、直近30年の間に

『努力を努力と思わせないやり方』

『無条件で幸せを感じられる考え方』など

いろんな意識の持ち方が研究されました。

しかし、昭和の亡霊は

『幸せは苦労の先にしかないんだぞ』

と、耳元でささやくわけです。

『一回は、死ぬような思いをしろよ』と。

結果的にそうなることはあるかも知れません。

しかし、苦労を『条件』と考えると

辛いんですよね。

『だったら、そんなに大きな幸せはいいや』

と思ってしまうのが人情です。

もちろん、そのあたりは

人によってさまざまですし、

乗り越える方法もたくさんあります。

たとえば、マイケル・ボルダック氏は

報酬の大きさが困難を乗り越える鍵だと

考えました。

ここに大きな虫の佃煮があるとします。

『1,000円上げるから食べてみて』

と言われたら、あなたはどうしますか?

昆虫食に抵抗のない方もいらっしゃいますが、

多くの方は『いや、いいいです』

と辞退されるのではないでしょうか。

しかし、もらえる金額が

1万円だったら?

100万円だったら?

1億円だったら?

虫1匹食べて1億円をもらえるんだったら

けっこうな人がチャレンジするのでは

ないでしょうか。

以上のように、ボルダック氏は、

困難を乗り越える鍵は

大きな報酬だと考えました。

一方、昭和の亡霊のメンタリティは

似ているようでちょっと違います。

『大きな報酬のためには

 大きな虫を食べなければならない』

と考えます。

自分で苦難を設定してしまうんですね。

で、その考えに取り憑かれると

『虫を食べる以外に報酬を得る方法』

が、思い浮かばなくなってしまいます。

わたしが、成仏させたいのは

そうした辛い思い込みです。

幸せな場所へ、

幸せな道を通って行っても

いいわけですから。

未来は自分でつくれます!