情報の判断基準について



真偽のわからない、あるいは

わかりにくい情報があるとします。

それについて、2つの対立意見がある場合

あなたは何を根拠に意見を選びますか?

 

もちろん、まったくわけのわからない事象

などというものは稀にしか存在せず

たいていは何らかの関連情報があるはずです。

たとえば、「誰が言っているか」は

とても大きな情報ですね。

その人が誰とつながっているかを追っていけば

ひとまず自分がどちらに近いか見えてきます。

 

一方で、全然違ったアプローチもあります。

たとえば、糸井重里さんは福一事故の際

「よりセンセーショナルではない情報」

を信じたそうです。

 

ぼくの場合は、話の密度を見る傾向がありますね。

どちらがより丁寧か、

つまり話のキメの細かさを見る感じです。

結局のところ、

それも一つの好みに過ぎませんが、

論理の飛躍が激しく荒い印象を与える話より、

短い歩幅話を積み重ねるタイプの話を

信用しがちです。

 

 

話を「誰が言っているか」に戻しましょう。

つながりを探っていくのは情報の扱いとしては

有効ですが、その人自身を信じられる

というのが一番強いですよね。

 

裏返して言えば、意見を通したいと思えば

「この人が言っているのであれば」を

鍛えていく必要があります。

すなわち、それが「あり方」なんですよね。

 

ぼくは平和の使者でありたいです。

© 2020 株式会社青い街