憂いを超えていく勇気



「結ばれる」のはめでたいことですが、

「結ぼれる」はふさぎこんだ状態を指す言葉です。

聞きなれない表現だと思いますが、

気持ちがモヤモヤしていること、

つまり頭がこんがらがっている状態を指します。

憂いといってもいいでしょう。

 

ところで、

ぼくは高校時代に三島由紀夫さんに傾倒していたので

「憂国」という言葉にヒロイックなイメージを

持っています。

国を憂うというのは、明治維新に奔走した

勤皇の志士たちにも共通する心持ちですね。

 

ただ、一方で「憂えれば崩れる」という

言葉もあります。

心配するから失敗するのだ、と。

してみると、国を憂うというのは

国を滅ぼす考え方なのかもしれません。

 

はたして、良いのか悪いのか?

 

 

2日ほど前のブログに

時代の変化について書きました。

https://www.bluecity.site/blog/素直に時代を喜ぶ

 

かつては我慢することで人は生き延びたけれど

今では我慢がよくない方向に作用してしまう

といった内容です。

 

その流れで言えば、

かつては国を「憂う」ことが力になりましたが

今は「信じる」方が大切だということ。

子供の将来を心配する気持ちを大切にしつつも

可能性を信じる感じですね。

 

その信じようとする志こそ勇気ではないかと思います。

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