敢えて『憂えない』理由

この投稿は、2020年3月19日 アメブロに書いた記事を再編集したものです。

昨日、三島由紀夫さんについて触れたので、

引っ張ってきました。






三島由紀夫さんの名前自体を

ご存知ない方も増えていると思いますし、

ましてや自衛隊・市ヶ谷駐屯地の事件は

もはや完全に歴史上の出来事です。

 

1970年、昭和45年のことですから。

 

わたしにしても、当時はまだ5歳。

オンタイムで衝撃を

受けたわけではありません。 

しかし、

『切腹』によって人生をとじた人が

50年前にいたのです。

しかも、日本の将来を憂えて。

その主張は、

自衛隊を軍隊とするべく

憲法改正を呼びかけるものでしたから

簡単には賛成できません。

また、もともと二二六事件に憧れ

自殺願望があったことを

指摘する人もいます。

ただ、

自分の信念を

命をかけて訴える

ということ。

それが『国を憂えて』という点は

やはり重い行動だと思うのです。

一方、松下幸之助さんが

また違った観点から国を憂え、

松下政経塾をつくられたのは

1979年のことでした。

私財70億円を投じて、

日本の将来をになう政治家の育成に

取り組まれました。

そうした先人たちの思いの先に

わたしたちの『今』はあります。

ただ、ちょっと気になるのは

お二人とも国の未来を

『憂えた』点です。

その深淵なる思いを

軽んじるつもりはありませんし、

理想を持たれた故の

『憂い』であったことは

疑うべくもありません。

松下幸之助さんが

日本の将来を心配して

夜、寝られなくなった話は有名です。

それでもなお、わたしの頭には

『信ずれば成り、憂えれば崩れる』

という言葉が浮かびます。

倫理法人会の指針である

『万人幸福の栞』の一節です。

わたし自身は、

松下翁が残された言葉

『全ての因は我に在り』

を人生観としていますので、

必ずしも倫理の教えとの間に

優劣をつけるつもりはありません。

また、

三島由紀夫さんに関しては

高校生時代に出版されていた文庫本は

すべて読破しました。

ただ、

『憂国』という一点に関しては

どうも、釈然としないものを

感じている次第です。

わたしが、

敢えて楽観的な発言をしているのは

実は、そんな葛藤を経ての思い。

なお、

日本のこれからについて自分なりに考えた

明るい可能性については

以前のブログに書きましたので、

あわせてお読みいただけると嬉しいです。

参考記事:

『第3の近代化で日本は幸せになる』

未来は自分でつくれます!