朗らかに行動する人でありたいですね

この投稿は、2019年10月30日

アメブロに書いた記事を再編集したものです。

自分自身で読み返すと

ある種の決意表明だったことを感じます。






一般的に、

三島由紀夫さんは小説家として知られていますが、

実は戯曲家でありたかったそうです。

なぜなら

『小説よりも戯曲の方がつくるのが難しいから』

と本人が書かれているのを

何かで読んだ記憶があります。

たとえば人物描写や状況説明をする場合に

小説だったら、そのまま書けばいいわけですが、

劇の場合はセリフにそれを乗せなければなりません。

しかも、

あまりに説明的過ぎると、しらけてしまいます。

それとなく伝わるように、かつ

おもしろいセリフを考える創作活動は

確かにムチャクチャ難しくて

知的におもしろい作業と言えます。

で、あらためて考えたいのは

『難しい作業をおもしろいと思う感性』

についてです。

逆のおもしろさもあると思うんですね。

簡単だったり、反復的だったりする作業にも

快感はありますから。

しかし、三島由紀夫さんは

難しさにおもしろさを感じたわけです。

それは、パズルに通じるおもしろさと

言えるのではないでしょうか?

あるいは、三島さんは

自分のことを『批評家』とも任じていました。

そうなると『つくる人』ですらありません。

 

あらためて思うに

難しいことや批評的なことを善しとする感覚って

昭和に顕著だったのではないでしょうか?

もちろん今でも

知的な謎解きや別視点からのアプローチは

おもしろい営みとされますが、

かつてほど手放しではありません。

分析は相手を解体する(=殺す)ことですし、

批評家は行動をしない人の代名詞としても

使われます。

要するに、

何を善しとするかは時代によって変わる

ということです。

『気難しい批評家』

という態度は

今ではコメディ的ですらありますよね。

と、それこそ偉そうに書いていますが、

わたしもまた、長い間そうした気質を

持ち続けていました。

昭和生まれの性(さが)ですね。

要するに、そのあたりが

50歳前後で一番変わったことかもしれません。

『朗らかに行動する人』

でありたいですね。

未来は自分でつくれます!