究極の判断基準とは?



一昨日は、臥龍老師の 「感動経営コンサルタント認定講座」初日でした。 これから6ヶ月の導きを受け、 感動経営コンサルタントの資格を得ます。

臥龍老師に直接お会いしたのは今年の2月でした。 それまでにもメールマガジンは読ませてもらっていましたが、 実際にお会いし、講話をお聞きしてすっかり魅了された次第。 いろいろと手をつけていたこともあったので、 それらの筋道をつけた後、晴れて門をくぐりました。

これまでにも、いろんな講座を受けてきました。 その中には良いものもあれば、残念なものもありましたが、 やはりポイントは「自分にあうか、あわないか」だと思います。

その点、臥龍老師の人本主義(=人を大切にする)経営は ぼくにとってとても気持ちのいいものでした。

人は一生の中で多くの時間を職場で過ごします。 であれば、その場が喜び多きものであってほしい。 「給料は我慢料」的な、斜にかまえたあきらめは やっぱり寂しいものだと感じます。

大人が楽しそうに働き、生きてこそ、 子供たちが未来に対して希望を持ち 「生まれてきてよかった」と思えるのではないでしょうか?

そんなこんなを考えていて、 誰にでも当てはまる究極の判断基準が思い浮かびました。 それは……

子供たちに対して「自分のようになれ」と言えるかどうか。

「自分のようにだけはなるな」なんて 本当はみんな言いたくないし、思いたくないはずです。 反面教師は、なろうと思ってなるもんじゃないですよね。

理想の自分を思い描き、それに向かってすすむ。

いまだ理想を体現することができていなくても 「理想を求めて踏み出した」あり方は 子供たちに対して胸をはれることだと思うのです。 「あきらめられる自分になれ」なんて やっぱり言いたくないですから。

かつて、イチロー選手が 「自分はみんなに憧れてもらえる野球選手になりたい」と 言っていて、ちょっとモヤモヤしたことがありました。 それはたぶん、自分もそう思いながら、 全然実行に移せていなかったからだと思います。

イチロー選手は年間安打記録の更新に際して その記録を持っていた ジョージ・シスラーさんのお墓参りに行きました。 先人への敬意です。 先人に憧れ、自分も憧れてもらえる人になるよう努力する。 すなおに「素敵だ」と思えました。

人にはそれぞれの価値観がありますから、 ある人にとっての正義は他の人にとって困ったことである 可能性はあります。

しかし、「自分のようになれ」と言えるかどうかは 自分が善いと信じる価値観に その人自身が誠実であるかどうか、という判断です。

ぼくはやっぱり、平和でみんなが笑っていられる 世界が好きなので、それに向かってすすみます。 子供たちにも そう願い、そのために行動する人になってほしいですから。

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