素直に時代を喜ぶ


いささか気恥ずかしさのともなう

大げさな言いまわしになってしまいますが、

人類は「思い通りにならないことを我慢する」タームから

「思いを素直に希望して叶える」タームに移行したのだ

と思います。

 

ぼくがよく出す例はビデオですが、

ビデオの登場以前は見逃したテレビ番組や

上映されていない映画を見ることはほぼ不可能でした。

 

つまり、見たい気持ちを我慢するしかなかったわけです。

 

が、今では映像に関する希望はさしたる苦労なく叶います。

 

 

空を飛ぶことも、食べ物を冷やしたり温めたりすることも

小さなデバイスで世界の裏側にいる人と話すことも

今では当たり前に行えます。

 

20世紀という時代は、科学技術を圧倒的に進歩させ、

「思い通りにならないこと」をなるように変えた世紀

だったと言えるでしょう。

 

 

しかし、

 

20世紀に生まれた(ぼく自身もふくむ)世代には

いかんせん「我慢」がしみついています。

 

我慢を美徳とみなす癖が抜けきらないんですよね。

 

 

一つ押さえておきたいのは、親たちの世代のあり方を

否定しているわけではないということ。

 

我慢するタームにおいてはもちろん我慢は美徳でした。

が、状況が変わったのであれば、

あり方もそれにあわせる方が健全だと思います。

むしろ、いろんな願いをかなうようにしてくれて

「ありがとう」と言いたいわけです。

 

 

糸井重里さんが、昔は公衆トイレが本当に汚くて

それが綺麗になったこと一つとっても、今がいい

と言われていました。

 

たとえば、同じような状況を望むにしても

「戦争反対」というのと「平和万歳」では

宿るエネルギーや意識のベクトルが違います。

 

一旦良くない状況を強調し、否定形で達成を望むのと

理想的な状況を素直にイメージし

快くそれに向かうのでは道行き自体が違います。

 

 

今という時代を素直に喜びたいですね。

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