誠実な幸せは『言葉』から始まる

この投稿は、2020年2月20日 アメブロに書いた記事を再編集したものです。


『紙に書いたらかなう』と言われますが、

わたし自身は数年前に『料理の勉強がしたい』

と書いたことがありました。

当時は離婚をする前で、

とうてい厨房に立てる感じではなかったのですが、

その後、生活様式が一変し、

今では、当たり前に料理をしています。

それも『言葉』が先でした。



『言』葉を『成』すと

『誠』になります。

すぐに思い浮かぶのは

『言行一致』という熟語ですな。

口に出した言葉を行動にうつすと

『まこと』が生まれるというのは、

とてもわかりやすいイメージですね。

さらに言えば、

『実』『まこと』と読みますから、

誠実はまことの二乗と考えられます(笑)

誠(まこと)の対義語が偽り(いつわり

というのも、おもしろいですね。

『為』という字は

象を手なずける様を表した文字。

それに人偏がつく。

つまり、あまりに人為的にことをなすと

『偽り』になってしまうわけです。

これまた、わかりやすい。

ところで、

すべての言葉は神との約束だった

という学説があります。

天の声を記録する、あるいは

天に対して願いを告げるために

『言葉』は使われ始めたとの指摘です。

その言葉が徐々に人間同士、

あるいは自分自身に対して

使われるようになっていったんですね。

そして、

本来神との約束だった言葉に対して

自分にとって都合のいい解釈をすると

『偽り』になります。

言葉の重い人というのは、

その背景に言行一致がある

わけです。

ところで、

あらためてわかるのは

『言葉が先』ということです。

もちろん、今では

行動を記録する言葉も存在しています。

『考えてばかりいないで、動け』

と言われたりもします。

しかし、

それらは例外的な遣い方だったり、

敢えての逆説です。

基本的には、言葉が先。

不言実行も一つの美学ですが、

そんなややこしいことをしないで

まずは言っちゃいましょう。

やりたいこと、

成し遂げたいこと、

あるいは、なりたい自分。

宣言した言葉を

誠にしようとする過程こそ

幸せな時間に他ならない

からです。

言っちゃう、書いちゃう、成っちゃう

ですね。

未来は自分でつくれます!