2種類の決断に潜むもの



昨日は、臥龍老師の事務所でとある会合がありました。

令和の元日から老師とご一緒できたのは幸先良いです。

会合の後は、みんなで

『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』を鑑賞。

 

今回は、その映画について書きます。

 

論点はネタバレをふくむので、

それが嫌な方は、これ以上読まないでください。

すでにご覧になった方、「見てはいないけれどOK!」

という方のみどうぞ。

 

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さて、

ぼく自身は『アイアンマン』や『スパイダーマン』は

見ているもののの、

『アベンジャーズ』にはこれまでご縁がなく

よくわからない伏線もたくさんありました。

 

また、とにかくテンポが速く、

めまぐるしい展開だったのですが、

だからこそ「2種類の選択」が3回づつ登場し、

いずれも同じ決断がされることを

不思議に感じました。

 

この文章の眼目はその決断についての分析です。

 

 

1種類目の決断は

『家族や仲間が苦しめられるのに耐えられない』

ことによって選ばれます。

 

・冒頭でロキがスペース・ストーンを差し出すシーン

・ネビュラが拷問され、ガモーラが

 ソウル・ストーンのある場所を漏らすシーン

・ストレンジがトニーを助けるために

 タイム・ストーンを差し出すシーン

 

いずれも、決意は感情にあらがえません。

一方、『世界を救うためには愛する者の命を

奪うこともいとわない』のが2種類目の決断です。


・クイルがガモーラを撃つシーン

・サノスがガモーラを崖から落とすシーン

・ワンダがヴィジョンとともに

 マインド・ストーンを破壊するシーン

 

いずれも、大義は感情を乗り越えます。

 

つまり、アベンジャーズとサノスは

ほとんど同じ原理で動いているわけです。

 

ドラマ演出上は、そのことによって

サノスが『単なる悪者ではない』

という印象を与えられますが、

2種類 X 3回も同じ見せ場がつくられていることは

なんだかとても不思議な感じがします。

 

 

わかったようなことを言えば、

そこに『アメリカという大国の光と闇』を

見ることもできるわけですが、

 

その演出には、何かもうちょっと

大きな時代精神が潜んでいるような気がするのです。

 

そのことは、引き続き考えてみます。

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